村田版ワンパンマンがなぜ嫌いかという話
優れた娯楽作品って、表面的な面白さだけじゃなくて、根底に魅力的な思想・テーマ性があるんだよね。後者があるかどうかが傑作と凡作を分ける。
ワンパンマンだと、ギャグや爽快なアクション、魅力的なキャラ造形やわかりやすいプロットで表面的な面白さを出しつつも、キャラクターの行動を通して常に”善”や”能力”、”アイデンティティ”といった普遍的な問題についてのONEなりの答えを提示し続けている。だから深く読み込むだけの魅力があるし、さらっと読むだけでも何かしら感じるものがある。
村田版がアンチに叩かれるのは、表面的な要素だけを拾って、ありきたりで薄っぺらな少年漫画の文法に乗せて出力してしまっているせいで、原作の魅力を支えていた「ONEなりの答え」に関する重要な描写が削られたり矛盾する描写が足されたりしてるからなのよね。画力でガワは整えられても、中身がチープな量産品になってしまっているから、原作の持つオンリーワンの魅力には絶対に到達できず、どんなにうまくいっても「良くできた凡作」以上になることはできない。
「良くできた凡作」を一個の作品として面白いと評価するのは何も間違っていないと思うし、村田版を読んで面白かったと思うこと自体を否定はしないけど、原作アリ作品で「傑作」を「凡作」にしてしまえば大失敗と評価されるのが妥当だし、その点について村田版は擁護の余地がないよね。